平成18年度が本研究課題の最終年度にあたる。平成17年度までに明らかにできた知見に加えて、海藻内摂食を行う種を1種、新たに発見し、この食性をもつ種群の餌利用の様相がさらに複雑なものであることがわかった。また、これらの種以外にも、本邦未記録あるいは未記載のErcolania属の種を数種、発見した。これらも含めてErcolania属には、いくつかの比較的広い食性幅をもつ種がいる一方で、それらが利用する餌海藻の一部のみを利用する種もいることがわかり、この類の種分化にも、餌の特殊化が深く関与している可能性があることがわかった。また、イワヅタ類、カサノリ類、ハネモ類など多岐に亘る分類群の海藻を利用するPolybranchiidaeに属する興味深い種を2種発見したが、この類でも餌海藻に関連した歯舌や咽頭などの摂餌器官に差異があることがわかり、食性に関連した分化が示唆された。さらに、ハネモ類(ツユノイト類を含む)を利用する種群で、餌海藻の細胞壁の化学組成がウミウシの餌選択に影響を及ぼす場合があることも見い出した。一方で、Costasiella属のウミウシなどでは、同所的に生息する近縁種間に、全く食性の分化が見られない場合があった。何がどのようにして、このような対照的なケースを生み出しているのか、その答えは、個々のウミウシについて、より多面的に情報を蓄積して再検討することで得られると考えている。このように、本研究によって海産の植食者の中では例外的に狭食性を示す嚢舌目のウミウシ類には、昆虫類などに見られるような餌の分化、餌の特殊化を通じた種分化の例がありそうなことがさらに強く示され、陸上生態系での事例との興味深い比較研究に発展させる可能性があることを再確認することができた。
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