高等動物のミトコンドリアDNAは、一般的に核DNAに比べて塩基置換速度が速く、近縁な種の間でも配列間に差異を検出することができる。しかし、ミトコンドリアDNAから推定される系統関係は種の分岐パターンのみならず、祖先集団における多型のパターンや種分化過程の集団の地理的分布条件にも強く影響されることが予想される。例えば、分布を共にする種間では、一方の種のミトコンドリアDNAが他方の種に乗り移る「異種間浸透」と呼ばれる現象が数多く報告されている。 そこで、本研究では、種分化の初期状態とみなされる様々な生殖的隔離・地理的隔離条件にあるテングショウジョウバエ亜群の種・亜種間について、ミトコンドリアDNAのチトクローム酸化酵素I(COI)遺伝子、核DNAのwhite(w)遺伝子とキサンチン脱水素酵素(Xdh)遺伝子の系統関係を解析し、どのような生殖的隔離・地理的隔離条件でミトコンドリアDNAの異種間浸透が起こるのかを検証し、ミトコンドリアDNAの分子進化・分子系統学的性質を検証した。その結果、ミトコンドリアDNAの分子系統は、核DNAに比べて、地理的隔離の影響を強く受けていることがわかった。また、実際にテングショウジョウバエ亜群の種分化過程においてミトコンドリアDNAの異種間浸透が頻繁に起こったことが明らかになった。一方、核DNAから推定される系統関係は、地理的隔離よりも生殖的隔離による種の分岐パターンを強く反映していた。これらの結果から、近縁種の系統解析にミトコンドリアDNAを用いる場合、それらの地理的分布状況を考慮に入れ、異種間浸透の可能性も検討する必要性が強く示唆された。 さらに、分子系統学的解析の基盤となる方法理論、(1)コドン選択を受けているタンパク質コード遺伝子の中立進化速度推定法の開発、(2)巨大分子系統樹構築のための距離行列推定法の開発も行った。
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