昆虫の発生において、エクジソンは各組織で特異的な遺伝子発現を誘導させ、結果的に脱皮・変態を促す。一方、脳はエクジソンの合成・分泌を刺激する前胸腺刺激ホルモン(PTTH)を分泌し、最上位で昆虫の発生を支配している。脳では同時に、エクジソンに応答して様々な遺伝子が発現し、幼虫型から蛹型、成虫型へと形態的にもダイナミックな再構築が行われる。従って、脳におけるエクジソン応答遺伝子は、脳の再構築や内分泌系を介した後胚発生の制御に関与していることが示唆され、これらの解析により昆虫の後胚発生を司る分子メカニズムの解明が期待される。 本研究では、カイコガ遺伝子の約80%を網羅したマイクロアレイ及びサブトラクションライブラリーによるエクジソン応答遺伝子の網羅的発現解析を行った。マイクロアレイでは、体内エクジソン濃度の低い5齢2日幼虫を用いて、エクジソン投与後2時間のサンプルとコントロールとしてリンガーを投与したサンプル間で全RNAを比較し、データを得た。加えて、エクジソンは、エクジソン受容体(EcR)及びUSPを介して、遺伝子の転写を直接誘導することから、EcRのisoformの一つEcR-A遺伝子のエクジソン応答性と脳内発現細胞の同定を試みた。マイクロアレイより、エクジソンにより発現が誘導される93の遺伝子、発現が抑制される97遺伝子を、サブトラクションライブラリーより7遺伝子を同定した。これら遺伝子の内、約30について発現細胞を同定したところ、ほとんどの遺伝子がPTTH産生細胞でのみ発現が見られた。一方、EcR-A遺伝子の脳内における発現細胞もPTTH産生細胞のみであった。エクジソン応答遺伝子のほとんどが、PTTH産生細胞でのみ発現していることは、PTTH産生細胞が昆虫の変態において、脳の機能と形態の制御機構を支配する細胞、すなわち、"master cells"の役割を担っていることを示唆している。
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