分裂酵母菌に高圧処理(100MPa、30分)を施すと染色体DNAの凝縮が起こるという興味ある現象を見出した。染色体DNAの凝縮は通常、細胞分裂に認められる。ところがこの高圧処理によって引起される染色体DNAの凝縮は細胞周期に依存せずどの細胞周期の細胞でも起こることが判明した。チューブリンの変異株nda3を用いて細胞分裂前期に同調した細胞に見られる分裂期特有の染色体DNA凝縮に較べて高圧処理により誘起される染色体DNAの凝縮は更に過度で過凝縮とも呼べるような状態になる。一方、高圧処理後約30分の培養で染色体DNAの凝縮は解除される。但しこの間、シクロヘキシイミドを加えタンパク合成を止めておくと凝縮したままになることも明らかとなった。 この凝縮が実は核膜の緊縮によって起こるのか否かは、興味の持たれるところであった。そこで核膜孔に存在するインポーチンにYFP(黄色蛍光タンパク質)を連結させてインポーチンを可視化した分裂酵母菌を用いて高圧処理を行ったところ核膜は正常な形を保っていることが判明した。従って染色体DNAそのものの凝縮が起こると考えられる。インポーチンの実験と同様に、細胞内各オルガネラの指標タンパク質をYFPで蛍光可視化して、高圧処理後の各オルガネラの形状を観察したところ変化が認められなかった。従ってミトコンドリアの形状にも変化は認められなかったが、ミトコンドリアDNAの形状がどうなっているかについては不明であった。DAPIによるミトコンドリアDNAの蛍光染色条件を種々検討し、この可視化に成功したところで、高圧処理を行ってみたところミトコンドリアDNAの凝縮は起こっていないことが判明した。 以上は分裂酵母菌に関する研究結果であるが高圧処理による染色体DNAの凝縮がどの程度一般性があるのかを知る目的で、ヒト培養細胞、クロレラ、Mucor属カビ、出芽酵母菌について高圧処理を行って調べた結果、出芽酵母菌でのみ染色体DNAの凝縮が認められた。分裂酵母菌、出芽酵母菌は細胞分裂期に核膜が消失しない真核細胞としてよく知られている。従って現段階では、細胞分裂期に核膜が消失しない真核微生物に限って「高圧処理によって誘起される染色体DNA凝縮」が認められると云える。この高圧に対する緊急避難的応答が分裂酵母菌、出芽酵母菌などにのみ備わっている生理的理由は今のところ明らかでない。
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