大腸菌を軽度の高圧処理(75MPa、30分、25℃)した後、培養すると90分後に正常細胞の約8倍長の伸張細胞が出現すること、またその原因としては細胞分裂に必須なFtsZリングの形成阻害であることを以前明らかにした。FtsZタンパク質はチューブリンα(又はβ)とアミノ酸配列のホモロジーがある。チューブリンα、βは微小管の構成単位であることからFtsZリングは細胞骨格の1種と言える。高圧処理に最も感受性が高いのは細胞骨格ではないかとの想定のもとに、分裂酵母菌を材料にして高圧処理後の培養経過において細胞分裂、微小管、アクチン・ケーブルの異常について調べた。アクチンはローダミン・ファロイジンによる蛍光染色で、微小管はYFP(黄色蛍光タンパク質)化したチューブリンを持つ細胞を用いて調べた。高圧処理(100MPa、30分)後にアクチン・ケーブル、分裂期細胞の収縮管(アクチンとミオシンより成る)、微小管いずれも消失した。高圧処理後の培養で、6時間後に微小管が再生しアクチン系細胞骨格は約18時間後に再生し、同時に細胞分裂も回復した。従って高圧処理に最も感受性の高いのはアクチン系細胞骨格であると云える。 更に、分裂酵母菌に同様の高圧処理を施すと染色体DNAの凝縮が起こるという興味ある現象を見出した。DNAはDAPIで蛍光染色して可視化した。この凝縮は高圧処理後の培養30分で元に回復した。染色体DNAの凝縮は通常、細胞分裂時に認められる。ところがこの高圧処理によって誘起される染色体DNAの凝縮は細胞周期に依存せず、どの細胞周期の細胞でも起こることが判明した。チューブリンの変異株nda3を用いて細胞分裂前期に同調した細胞に見られる分裂期特有の染色体DNA凝縮に較べて高圧処理により誘起される染色体DNAの凝縮は更に過度で過凝縮とも呼べるような状態になる。この凝縮が核膜の緊縮により起こったのではないことは核膜のインポーチンを可視化することで確認した。分裂期の細胞では染色体DNA凝縮に係わるコンデンシンというタンパク質が核内に入り凝縮を起こすとされている。YFP化したコンデンシンを持つ分裂酵母菌で調べると高圧処理によって誘起される染色体DNAの凝縮は、細胞分裂時のものとは基本的に異なることが判明した。高圧処理により誘起される染色体DNA凝縮は高圧ストレスに対する分裂酵母菌の緊急応答の一種と考えられる。
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