粘液胞子虫の魚への感染ステージである放線胞子は、魚類体表粘液との接触刺激により原形質が放出され、魚体内への侵入が始まることが淡水種で報告されている。海の粘液胞子虫で同様の感染機序が明らかにされた例はないが、海産魚の腸管に寄生するEnteromyxum leeiは魚から魚へ直接伝播することが証明された。そこで本研究では、淡水産放線胞子虫の原形質放出を誘導する魚類体表粘液成分の特性を調べることと、海産魚に寄生する粘液胞子虫の腸管粘液との付着能および感染力を評価することで、感染・発育制御因子について解明することを目的とした。 サケ科魚の神経系に寄生するMyxobolus arcticusの放線胞子を採集し、魚類体表粘液が原形質放出を誘導する効果について調べた結果、原形質離脱率は感受性魚のサクラマスでは粘液濃度依存的に上昇し、粘液タンパク量1.0mg/mlで約60%に達した。一方、非感受性魚のベニザケでは極糸弾出率37%、キンギョでは20%であった。次に、市販レクチンが原形質離脱反応に与える影響について調べた結果、Con A等で粘液を処理すると反応が阻害され、RCA I等については逆に増加したことから、いくつかの糖鎖が複雑に(拮抗的に)関与していることが示唆された。また、サクラマスの粘液を用いて放線胞子の細胞原形質を単離し、未感染魚に腹腔内注射することで人為感染に成功した。 トラフグの腸管から採集した粘液胞子虫は、形態および遺伝子解析よりEnteromyxum leeiであることが証明され、寄生虫を特異的に検出するPCR法を開発した。E.leeiの腸管粘液付着性に魚種間の差はなく、感染実験により魚種間で感受性の差はないという結果と一致した。 以上の結果より、魚類寄生粘液胞子虫の感染には、その侵入部位である体表または腸管の粘液が深く関与しており、粘液中の糖成分がその制御因子として働いていることが強く示唆された。
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