乳腺腫瘍は犬で最も頻発する腫瘍の1つで、臨床上大きな問題となっている。本研究では犬の乳腺腫瘍に焦点を当て、犬の乳腺腫瘍発生における遺伝的背景を人の家族性乳がんに関連する遺伝子であるBRCA1に注目して、多型解析からのアプローチとタンパクコード領域のゲノム解析からのアプローチにより検討した。犬のBRCA1遺伝子のイントロン2領域に多型を見出した。集団遺伝学的な解析より5つのアレルが確認され、その詳細な塩基配列解析から同一アレルと推測された中にも個体により部分的な変異が存在することが明らかになった。これはSSCP解析からも確認され、この領域が非常に複雑な多型性に富むことが明らかになった。この多型とBRCA1遺伝子の発現との関連を検討する目的で、多型のアリル間でのBRCA1 mRNAレベルを検討したが、アリル間での顕著な差異は観察されなかった。一方、犬のBRCA1遺伝子のゲノム構造の解析を進め、犬のBRCA1遺伝子のエクソン-イントロン構造が人のBRCA1遺伝子のゲノム構造と同一であることを確認し、その結果に基づいてそれぞれのエクソン領域を増幅するためプライマーをイントロン領域に作成してゲノム解析を行なうための準備を整えた。犬のBRCA1遺伝子の各エクソンをPCR増幅し、その一部をPCR-SSCP解析したが変異は認められていない。犬は品種内での交配が進められ、また人気犬種の無秩序な繁殖によりさまざまな遺伝性疾患に関連する変異遺伝子の蓄積が指摘されており、犬種による腫瘍の発症頻度の違いもこれを示唆するものと推測されている。本研究で整ったハプロタイプ解析ツールは犬で高頻度に観察される乳腺腫瘍の中に遺伝的な素因の存在を明らかにし、その原因を分子レベルで明確に同定することを可能とする。本研究の更なる発展は人で実施されている乳がんの危険性の遺伝子診断を犬においても可能とし、犬の乳腺腫瘍の予防獣医学に多大な貢献をするものと思われる。今後、さらに基礎的なデータを蓄積し、臨床応用してゆきたい。
|