前年度にアセトアセチルCoA合成酵素は、エストロゲン投与により脂肪細胞系のST-13細胞で発現が上昇することが明らかになっている。そこで、本酵素の発現と性ステロイドホルモンとの生理的関係を検討するために、まず、エストロゲン投与による本酵素の転写調節領域を、乳癌細胞株(MCF7)を用いて解析した。その結果、転写開始点から0.17kbp以内にエストロゲンに反応する領域があることが明らかとなった。また、この領域はテストステロン処置でも反応することから、本酵素は性ステロイドの影響下にある可能性が示唆された。次に、この領域に存在する既存転写因子の結合する典型配列の有無を調べたところ、細胞の増殖や分化に関係しているEtsやGATAが結合する典型的配列が存在していることがわかった。このことから性ステロイドやその類似化学物質が本酵素を介して細胞の機能に影響を与える可能性が示唆された。さらに本酵素の遺伝子発現制御機構を明らかにする目的で、前駆脂肪細胞系の3T3-L1細胞を用いて検討を行った。前年度に本酵素の転写開始点から0.5kbp以内が発現に大きく影響する領域であることがわかっているので、本酵素のプロモータ領域に遺伝子変異を導入して解析したところ、C/EBPαまたはβが本酵素の転写において重要であることが示唆された。C/EBPαは肝臓におけるグリコーゲンや脂肪の蓄積に関係しており、またC/EBPβは正常な肝細胞の増殖に必要なことから、本酵素はこれらの機能に関係している可能性が示唆された。さらに、アセトアセチルCoA合成酵素の発現分布について検討したところ、本酵素の遺伝子はSDラットの各部位の脂肪組織において高発現し、特に雄の白色脂肪組織で特異的に発現していた。また、本酵素の週齢変化を見ると離乳に伴い発現が上昇し、その後雌と異なり雄では性成熟に伴って発現が亢進していた。一方、コレステロール合成の律速酵素(HMG-CoA還元酵素)の発現を検討したところ、本酵素と異なり雌雄共に週齢変化はほとんど観察されなかった。更に、前駆白色脂肪細胞を用いた分化誘導による検討では本酵素はHMG-CoA還元酵素と異なり、ACC-1と同じく分化誘導後4日目をピークに発現することがわかった。以上の結果から、本酵素は成熟期の脂肪細胞でケトン体をコレステロール合成以外の経路、特に脂肪酸合成経路に受け渡している可能性が考えられた。
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