脳や精巣に特異的に発現している免疫グロブリンスーパーファミリーメンバーの一つであるBT-IgSF(brain- and testis-specific immunoglobulin superfamily)は、中枢ニューロンやグリア等で発現している。BT-IgSFのホモフィリックな細胞接着作用により、ニューロンの神経突起伸展等にも関わる。そこで、BT-IgSFの発現量を制御が突起伸展に及ぼす効果を検討するため、siRNAを用いて発現量を低下させた。発現量が約40%ほど低下した条件では、培養海馬ニューロンの突起伸展も顕著に抑制された。BT-IgSFに対する阻害抗体を用いた場合でも、ほぼ同様な抑制が認められた。脊髄組織片を用いた器官培養に於いても、siRNAによる突起進展阻害が観察された。以上のことから、BT-IgSFは、神経細胞接着を制御することにより、神経線維の伸展率、速度、方向を決定する分子の一つと考えられた。 一方、培養ニューロンあるいは胎児脳ニューロンにBT-IgSFを遺伝子導入すると、野生型BT-IgSFの過剰発現ではニューロンの変性・死滅が観察された。細胞内ドメインや細胞膜ドメインを完全に欠損した変異遺伝子では、ニューロンの生存は良好であった。そこで、様々な長さの細胞内領域を持つ変異BT-IgSFを作製し、導入した。その結果、わずかでも細胞内ドメインを持っている変異体BT-IgSFでは、ニューロンの変性死滅が引き起こされた。過剰発現による細胞死誘導に関わる領域は、この構造活性相関の実験からだけでは特定できなかったが、この結果は、細胞膜の近傍か、その膜領域を含む細胞内ドメインに何らかの機能ドメインがある可能性を示唆している。今後、この領域がどのような生理的役割を持っているか、さらに検討を加える予定である。また、アルツハイマー病病態モデルによる神経変性条件下で、BT-IgSFの生成量の変化を定量的に解析したが、変性過程に伴う有意な変化は認められなかった。
|