本研究では、受容体欠損マウスを用い、圧負荷による心肥大形成におけるプロスタノイドの役割を解析した。始めに、心臓におけるプロスタノイド受容体mRNAの発現を解析したところ、EP_2、EP_3、EP_4、FP、IPおよびTP mRNAの発現が確認された。そこで、これらの受容体を各々欠損するマウスの大動脈を縮窄して、心臓に圧負荷を加えた。その結果、野生型マウスで明らかな心肥大が認められた。また、上記6種類の受容体各欠損マウスでは、唯一IP欠損マウスのみが野生型マウスに比して心肥大の亢進がみられ、他の受容体欠損マウスの心肥大の程度は野生型マウスのそれと差を認めなかった。この心肥大を組織学的に解析すると、IP欠損マウスでは心筋細胞の肥大が亢進しており、また間質と血管周囲の著明な線維化がみられた。これらの結果から、PGI_2-IP系は心筋細胞肥大と心線維化を抑制することにより、圧負荷心肥大に対し抑制的に働くことが明らかとなった。また、心肥大のマーカー遺伝子として知られる心房性ナトリウム利尿ペプチドの発現も、野生型マウスでの発現上昇が認められない早期において、IP欠損マウスで亢進していた。このことは、PGI_2-IP系が心肥大関連遺伝子の発現制御にも関わることを示している。一方、培養細胞を用いた解析では、IPアゴニストであるcicaprostが血小板由来成長因子による非心筋細胞の増殖を抑制した。しかし、cicaprostは主要な心筋肥大因子であるcardiotrophinによる心筋肥大を抑制しなかった。この結果と一致して、cicaprostは非心筋細胞のcAMP濃度を著明に増加したが、心筋細胞に対するこの作用は軽度であった。これらの結果、PGI_2の抗心肥大作用は心筋細胞に対する直接作用ではなく、非心筋細胞に対する間接作用に由来すると考えられた。
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