1.レトロウイルスベクターを用いた遺伝子導入に至適な上皮細胞の培養条件の検討。 昨年までに、低カルシウム無血清の合成培地EpiLifeで培養した継代数の若い正常ヒト表皮角化細胞(passage 5回以内)を用いれば高い効率(70-80%)で遺伝子導入できることが分かったが、継代を重ねると導入効率が著しく低下した。これは、継代に伴う増殖期にある細胞の減少が原因であると思われた。この問題を回避するために、いろいろな培養条件を検討した結果、インキュベーター内の酸素濃度を通常の20%から体内とほぼ同じ3%に低下させたところ、継代に伴う増殖停止が有意に抑制され、それに伴ってレトロウイルスベクターによる遺伝子導入の効率が大きく改善された。このことより、正常ヒト表皮角化細胞の継代に伴う増殖停止には酸化ストレスが関与している事が示唆された。 2.ヒト正常上皮性細胞への癌遺伝子の導入。 昨年、テロメラーゼの触媒サブユニットとCdk4および変異型p53を組み合わせて導入することによって樹立されたヒト表皮角化細胞が不死化はしているが、血清やカルシウムの刺激によって正常細胞と同様に分化する能力を保持していることを確認した。この細胞にさらに、活性型のRasを導入したが、細胞内に多くの空胞をもつ変性細胞が多数出現し、やがてそれらの細胞は死んでいった。また、多くの上皮性の癌細胞で活性化が報告されているβ-cateninのN末を欠いた恒常的活性型変異体を導入した場合には、細胞の形態には大きな変化はなかったが、増殖は抑制された。この様に、活性型のRasやβ-cateninの導入では、この不死化ヒト表皮角化細胞を癌化させることはできなかった。
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