研究概要 |
目的 Cytochrome b(cyt b)遺伝子は生物のミトコンドリア内膜に存在する電子伝達系の成分である。同遺伝子は動物や植物などの系統関係の解析ツールとして広く使用されている。一方、世界的規模で分布するリーシュマニア症はリーシュマニア原虫によって起こり、その病型は皮膚型、粘膜皮膚型、内臓型に大別されている。原因原虫の種と臨床病型、予後が相関することが本症の特徴である。従来原虫種の同定はアイソエンザイムやモノクローナル抗体などで行われていた。我々はリーシュマニア原虫の全cyt b遺伝子の塩基配列を決定し、同遺伝子の系統樹からリーシュマニア原虫種の同定、分類を行うことを目的に本研究を行った。 方法 1)解析に用いた原虫種は、培養・継代したWHO標準株13種(14株)である。 2)リーシュマニア原虫からDNAを抽出し、cyt b遺伝子の上流遺伝子(シトクロムオキシダーゼIII)と下流遺伝子(maxicircle unidentified reading frame4)上にPCR primerを設定し、cyt b遺伝子を増幅した。増幅されたDNA断片をpT7 blue T vcctorに挿入して大腸菌を形質転換し、DNA断片の塩基配列を決定した。 3)決定した各々の原虫のcyt b遺伝子の塩基配列を用いて、近隣結合法および最節約法により分子系統樹を作成した。 結果 1)虫のcyt b遺伝子の塩基配列は約1080塩基対で、アデニン/チミンに富み、5'末端編集領域も含め高度に保存されていた。一方、各々の原虫の種の違いによる塩基配列の多型は245カ所に認められ、190カ所が原虫の同定に使用可能であった。 2)cyt b遺伝子の分子系統樹の結果は、Leishmania Leishmania tropica (L.(L.)tropica)complexではLaethiopica, L.tropicaが同一のカテゴリーにあったが、にあったが、L.(L.)majorおよびL.(L.)major-likeは若干離れた位置にあった。cyt b遺伝子分子系統樹はLainson & Shaw(1987)が提唱した分類法、すなわちL.tropica complex (L.aethiopica, L.tropica, L.major, L.major-like)、L.donovani complex (L.chagasi, L.donovani, L.infantum)、L.mexicana complex (L.mexicana, L.amazonensis, L.garnhami)、L.braziliensis complex (L.panamensis, L.guyanensis, L.braziliensis)の4つのカテゴリーと一致した。 結論 リーシュマニア原虫のcyt b遺伝子の塩基配列を決定し、塩基配列により原虫種の同定が可能であることを示した。この結果は、将来的には培養原虫や皮膚病変からの原虫の検出・同定に応用可能と考えられる。 cyt b遺伝子の臨床応用 我々はcyt b遺伝子の一部にconsensus primerを作成し、パキスタン在住患者の生検皮膚病変に対しPCRを行い、臨床応用を試みつつある。まだ大規模な検査は行っていないが、パキスタン在住患者に応用したところ12例中5例に陽性バンドが得られ、その塩基配列の結果は3例がL.L.major、2例がL.L.tropicaのcyt b遺伝子と一致した。
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