ヴェネズエラ糞線虫は、感染幼虫と呼ばれる感染型の幼虫が経皮感染し、次に皮下結合織内を進み、血流に入って肺を経て小腸粘膜に到達する。この間幼虫は感染能力や生化学的性質を大きく変える。まず最初に経皮侵入後数時間以内に幼虫は経皮侵入能力を失い、同時に感染幼虫に見られる分子量約40kDaのマトリックスメタロプロテアーゼ活性が検出されなくなる。次に肺に到達したときに結合組織を進む能力を失い、同時に分泌性接着物質の産生が始まって小腸粘膜に寄生する能力を獲得する。今年度、特に感染幼虫から結合組織幼虫への変化に注目したところ、上に述べた変化に加え、幼虫の運動に大きな変化が生じることがわかった。すなわち感染幼虫は寒天ゲル上を速度約10cm/30minの早さで直線的に進み、ゲル内に侵入する能力も持っているが、結合組織幼虫はゲル上の移動もゲル内への侵入もみられなくなった。これは虫体が動かなくなったのではなく、運動はしても特定の方角に進まなくなったからである。また緩衝液中での運動を調べると、感染幼虫は変曲点がひとつの屈伸運動をしているのに対して、結合織幼虫は8の字状にぐるぐる動くことがわかった。これらの変化を促す因子が何であるのかを調べる目的で、感染幼虫をDulbecco's modified Eagle's medium(DMEM)中で37℃、3日間培養したところ、経皮侵入能力、ゲル内侵入能力、ゲル上移動能力、プロテアーゼ活性から緩衝液中の運動にいたるまで、すべてのパラメータにおいて結合組織幼虫とおなじになった。これらの変化は培養液の種類には左右されなかったが、27℃ではなくて37℃で培養する必要があった。またリン酸緩衝液中では37℃での培養でも変化はみられなかった。以上より、感染幼虫から結合組織幼虫への変化には、温度と栄養因子の両方が必要でかつ十分であることがわかった。
|