腸管出血性大腸菌を低栄養・低温で培養することにより通常の培地には発育できないが、何らかの生物活性を有する状態、すなわちVBNC(生きているが培養できない)状態に移行させることに成功した。VBNC状態に移行した菌を過酸化水素を分解する物質や抗酸化剤を含有する寒天培地(蘇生培地)上に播種することにより培養能を回復させることに成功した。更に上記の方法で腸管出血性大腸菌および腸管病原性大腸菌に感染した患者さんより分離された株を調べた結果、VBNC状態に移行しやすく蘇生可能な菌株を数株発見した。これらの結果から病原細菌は、生きているが培養できない状態で存在し得ることを示した。免疫抗体法で調べた結果VBNCに移行しやすい株は、定常期で働くシグマファクターであるシグマSや鞭毛の発現に関与しているシグマFの発現が低下していること発見した。実験室株の大腸菌K12は、起源が同じでも保存状態の違いによりシグマ因子の発現に多様性が見られることが知られている。保存されていたK12株を調べた結果、VBNCへ移行し易い株を発見した。それらの株では、腸管出血性大腸菌と同様にシグマ因子の発現の低下が見られた。そこで、K12株のシグマSとシグマFの欠損株を作製し、VBNCへの移行と蘇生効果を調べた結果、シグマSがVBNCへの移行と蘇生に重要な役割を果たしていることが判明した。しかし、シグマSを完全にノックアウトした株は、患者より分離されたVBNC状態に移行しやすい腸管出血性大腸菌や保存されていたK12株に比べ、VBNCへの移行および蘇生率が、かなり低いことが判明した。つまり、シグマSは、VBNCへの移行と蘇生に必要であり、VBNC状態に移行しやすい腸管出血性大腸菌や保存されていたK12株では、その発現調節や、シグマSそのものに何らかの変異がおこり、VBNCへの移行し易くなったのではないかと思われる。
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