研究概要 |
がんを引き起こすレトロウイルスの中には、ウイルス遺伝子中に、がん遺伝子を持つウイルスと持たないウイルスがある。がん遺伝子を持たないウイルスが、腫瘍を誘導するメカニズムのひとつとして、ウイルス遺伝子が宿主ゲノムのがん原遺伝子の近傍に組み込まれることにより、がん原遺伝子の発現に影響を与える、いわゆる挿入変異が知られている。当研究室で分離されたフレンドマウス白血病ウイルスA8は、がん遺伝子を持たないウイルスであるが、このウイルスを新生仔ラットに接種すると、7〜8週間後に100%のラットに胸腺腫瘍が起こる。昨年度までの研究から、A8ウイルスの腫瘍原性に関わるウイルス遺伝子の配列は、LTR内のFVa, LVb/C4, CORE領域を含む38bpの繰り返し配列からなるエンハンサー領域であることが、明らかになっている。本研究は、A8ウイルスによって誘導される胸腺腫瘍に、ウイルス遺伝子の挿入変異によるがん原遺伝子の活性化が関与するか否かを明らかにすることを目的とするものである。宿主ゲノムにおけるウイルス遺伝子の組み込み位置を調べるためにA8ウイルス感染ラットの胸腺腫瘍からDNAを抽出し、env遺伝子をプローブにサザンハイブリダイゼーションを行った。その結果、宿主ゲノム上の特定の位置に組み込まれたウイルス遺伝子が検出された。一方、腫瘍を誘導しないウイルスが感染したラットの胸腺では、ウイルス遺伝子は検出されたが、その組み込み位置はランダムであった。この結果から、A8ウイルス感染による胸腺の腫瘍化とウイルス遺伝子の宿主ゲノム上の特定の位置への組み込みとの関連性が示唆された。また、がん原遺伝子の活性化について調べるために、胸腺腫瘍からRNAを抽出し、c-myc遺伝子の相対発現量をリアルタイムPCRにより測定した。その結果、正常胸腺と比較して、胸腺腫瘍ではc-myc遺伝子の発現量の増加が認められた。以上の結果より、A8ウイルス感染による胸腺腫瘍には、がん原遺伝子c-mycの活性化が関与する可能性が示唆された。
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