研究概要 |
本研究はヒト特異的mtDNA塩基配列に基づいたprimerを設計し、従来から法医学分野で個人識別に用いられているmtDNA高変異領域(D-loop)の各種primerとを組み合わせたmultiplex-PCR法を行うことで、検査試料の人獣鑑別と個人識別を同時に実施しようとするものである。前年度においては、NADH dehydrogenaseサブユニットのND4領域に設定した人獣鑑別用primerとD-loop領域の4組の個人識別用primer(HV1:L15997-H16236,L16159-H16401,HV2:L29-H285,L172-H408)とをそれぞれ組み合わせたmultiplex-PCR増幅の可否について検討を行い、ヒト試料の場合は何れの組み合わせであっても、電気泳動上、明瞭な2本のバンドが検出され、動物試料との鑑別が可能であることを明らかとした。そこで本年度は、血痕や骨など、変性・陳旧化した試料への応用について検討した。先ず、20年経過した血痕及び毛髪から得たDNA(各10例)を用いて検討したところ、全例で目的断片の増幅が可能であった。同様に13-25年保存してあった人骨(10例)から抽出したDNAを用いたmultiplex-PCR増幅においても、全例で検出可能であった。そこで同一人物から採取した血液及び毛髪試料について、multiplex-PCR増幅で得られた増幅産物についてダイレクトシーケンス解析を行った。その結果、本法によって得られた増幅産物からD-loop領域のシーケンス解析が可能であることが確認された。即ち、これまでのmtDNA D-loop領域のPCR増幅反応手順を何ら変えることなく、本法によって試料の人獣鑑別を同時に行うことが可能であった。また、今回設定したND4 fragmentはチンパンジーをはじめとする高等霊長類でも増幅されないため、同領域を指標とすることで極めて高い精度で人獣鑑別が可能となった。他方、今回用いた陳旧試料についてSTR多型解析を行い、本法との検出限界について比較検討した。その結果、本法では全例で増幅産物が得られシーケンス解析が可能であったが、STR多型検出では血痕で増幅サイズが大きいものほど検出率が低下し、また毛髪・骨を試料とした場合は殆ど増幅産物が得られず、実際に実施可能な検査項目は極めて限定された。これらの結果から、本法は変性試料のDNA検査法の一つとして法医学的に有用と考えられた。
|