孤発性アルツハイマー病の原因を解明する糸口として、私は脳内におけるコレステロール代謝に注目した。以前より脳内の老人斑形成とアポリポ蛋白Eとの関連性が示唆されてきたが、アポリポ蛋白Eは脳内ではHDLに含まれていることから、HDLを介したコレステロール輸送の障害がアルツハイマー病の発症に関与している可能性を考えた。この仮説を検証するべく、まず神経細胞におけるコレステロールの分布を明らかにし、神経細胞に対するHDLコレステロールの役割を解明することとした。ラットの海馬神経細胞を培養し、コレステロールに特異的に結合するfilipinで染色すると、コレステロールは胞体と樹状突起、並びに軸索に存在することが判明した。この染色性は培養の初期段階から認められ、神経細胞の成熟段階とはとくに関連が見られなかった。一方、細胞膜表面のコレステロールを特異的に染色するとされるBCθで染色を行うと、未熟な細胞では染色性が全く認められなかった。しかし、細胞が成熟しシナプスを形成する段階となると、BCθの染色性が認められた。したがって、細胞表面のコレステロールは神経細胞の成熟段階に依存して出現するものと考えられた。以上の結果は、樹状突起上のコレステロールがシナプス形成やその維持に関与している可能性を示唆するものである。そこで、コレステロールの輸送障害を基盤にもつNiemann-Pick type C病のモデル神経細胞でコレステロールやシナプスの分布を観察した。興味深いことに、このモデル細胞では軸索上にコレステロールが認められなかったが、シナプスは形成されていた。このことは、シナプスの形成には細胞表面のコレステロールの関与が低いことを示唆していると思われる。
|