現在の我が国の生物学的精神医学研究は、そのほとんどが、病因・病態生理の解明をめざしたものであって、治療技術の改善や薬物治療の一定の指針を提供しようとしたものは極めて少ない。本研究では特異的セロトニン再取り込み阻害薬であるパロキセチンが投与されているうつ病患者を対象に、1)パロキセチンの薬物動態、2)パロキセチンの代謝酵素であるCYP2D6変異遺伝子、3)抗うつ薬の臨床効果と関連があるとされるセロトニントランスポーター(5HTT)遺伝子変異、4)臨床効果および副作用の出現との関係を包括的に分析することによってパロキセチンによるうづ病患者に対する「個体重視オーダーメイド的薬物療法」のための遺伝子情報探索をめざした。平成15年度は(1)パロキセチンの臨床効果に5-HTTLPRの1・s多型が及ぼす影響、(2)副作用出現に5HTTLPRの1・s多型の及ぼす影響について検討を行った。(1)では、パロキセチンを2週以上服用中で本研究に同意したうつ病患者14名を対象に、PAX開始時、2週後、3-4週後、5-8週後の時点にHamilton rating scale for depression (HAM-D)により症状評価を行った。(2)では、パロキセチンを2週以上服用中で本研究に同意したうつ病患者65名の診療録記載から何らかの副作用の有無を後向きに調査した。5-HTTLPRの1/s遺伝子型(n=5)、s/s遺伝子型(n=9)の両群で、パロキセチン投与後HAM-D評価点は開始時に比べ改善を示したが、両遺伝子型群間で各時点でのHAM-D評価点、HAM-D改善率には有意差は認められなかった。パロキセチンで治療中に何らかの副作用を認めた25人のうち約40%が1/s遺伝子型(n=10)、副作用を認めなかった30人のうち約17%が1/s遺伝子型(n=5)であった。
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