昨年度までに、イヌ静脈グラフト移植モデルにおいて、移植後直ちにNFkBが活性化し、その下流にあるICAM-1などの接着分子の発現が促されること、decoy核酸の血管壁細胞への導入によりNFkBの活性化を抑制すると術後の内膜肥厚が有意に抑制されることが明らかとなった。 本年度は、このNFkB decoyの効果がどの程度強力なものであるかを推し量るために、米国で臨床応用されたE2F deovyと静脈グラフトの内膜肥厚抑制効果を比較した。さらに、NFkB decoyの臨床応用に向けて、その作用や投与方法などに関する問題点を明らかにする方針で実験を進めた。 (1)NFkB decoyとE2F decoyの内膜肥厚抑制効果の比較検討 E2Fは細胞分裂に関わる転写因子であり、E2F decoyは血管平滑筋細胞の増殖を抑制することを目指して米国で臨床試験が行われてきた。我々は、イヌ静脈グラフトモデルにおいて、NFkB decoy群、E2F decoy群、およびscramble decoy群(対照群)の3群で、移植後1ヶ月における実験的内膜肥厚に対する効果を比較検討した。その結果、NFkB decoyは、E2F decoyと同等の強い内膜肥厚抑制効果が示された。 この作用機序の異なる2種類のdecoyを投与する際の相乗効果も期待されることから、今後は両者の併用あるいはE2Fとは異なる有望な転写因子との併用療法も大きな可能性を秘めていることが期待される。 (2)核酸医薬の臨床応用における問題点と今後の課題 核酸医薬をいかに安全に組織中の細胞に導入するかが、今後の臨床応用の鍵となる。今回の研究では、特に機能を持たないscramble decoyを導入した群で、遺伝子導入をしていない群と比して、1ヶ月後の内膜肥厚の程度が強い傾向にあったことから、遺伝子導入に使用したHVJ-Envelopeに何らかの炎症を惹起する原因がある可能性が示唆され、より安全で、細胞障害性や炎症の惹起を起こさない導入法を検討することが、この方法を臨床応用する上で重要な課題であると考えられた。 以上、本研究では、静脈グラフト移植後にNFkB活性化とその下流の接着分子の発現が起こり、これを遺伝子導入によって抑制すると内膜肥厚が有意に抑制されることから、NFkBが静脈グラフト内膜肥厚のkeyとなる転写因子であることが明らかになったとともに、遺伝子導入による転写因子制御が治療手段として近い将来有用であることが示された。
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