胚細胞腫において、卵黄嚢腫瘍や絨毛癌などの一部の悪性腫瘍は、それぞれが産生するAFPやHCGなどの特異的マーカーを用いて診断することで、開頭術により組織確認することなく、化学療法や放射線療法を先行させ、その後にSalvage surgeryを必要に応じて追加する(neoadjuvant therapy)ことで、良好な治療成績が得られている。一方、良性グループに属するものの、胚芽腫は特異性の高いマーカーがないため、現在でも組織確認のための手術を避けることができない。 本研究の目的は、中枢神経原発胚細胞腫の中でも最も頻度の高い胚芽腫における、特異的マーカーを同定することで、このneoadjuvant therapyを胚芽腫にも適用することにある。 まず、本研究に先立ち、既に我々はヒト胚細胞腫瘍において、c-kit分子が発現しており、特に胚芽腫成分において特異的に発現が高いことを報告していた。さらに、その可溶型分子(膜貫通ドメインで分解されることにより産生される)s-kitが髄液中に存在し、その濃度が組織型や臨床経過に相関する可能性を見出していた。今回、この所見を裏付けるために協力施設に依頼し、髄液中のs-kitレベルを測定し、臨床経過との相関を解析した。すると、予想された如く大部分の例において髄液中s-kitレベルと胚芽腫の活動性との良好な相関が確認された。 次いで、KIT分子のリガンドであるSCF(stem cell factor)についても、マーカーとなる可能性を検証した。免疫組織化学的には発現細胞は、c-kitとほぼ同じパターンを示した。また、ELISAにより髄液中濃度を測定したが、s-kitより鋭敏で、s-kitが陰性の症例でもSCFは正常レベルより有意に高値を示した。ただ、髄芽腫など胚芽腫以外の腫瘍でも高値を示すため、現時点ではs-kitとSCFを組み合わせることが有用であると考えている。
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