静脈麻酔薬プロポフォールによる麻酔では、手術中の覚醒、記憶が問題となることがある。プロポフォールは強い鎮静作用を有するが、鎮痛作用はほとんどないため、術中は鎮痛薬を併用する。また、筋弛緩薬の作用増強もないため、術中筋弛緩薬も併用する。したがって、疼痛刺激に対する体動などの反応が明らかにならず、術中に覚醒していても気づかれない場合があると考えられる。一方、吸入麻酔薬による麻酔中の覚醒は非常にまれである。 覚醒・睡眠とその放出量が相関する興奮性神経伝達物質アセチルコリンの大脳皮質における放出は、プロポフォールや吸入麻酔薬の投与によって減少することが知られている。本研究の目的は、疼痛刺激を加えることによって、各種麻酔中に減少しているアセチルコリンの放出量が変化するか否か、その変化が覚醒と関連するか否かを明らかにすることである。 雄のWistarラットを用い、大脳皮質のマイクロダイアリーシス法および高速液体クロマトグラフィー・電気化学検出器を用いてアセチルコリンの放出量を測定した。セボフルラン、イソフルラン、エンフルラン、ハロタン各1MACを吸入させ、アセチルコリン放出量が減少して安定した時点で、ラットの後肢皮下に5%ホルマリンを注入して疼痛刺激を与えた。 無麻酔ラットでは、ホルマリン注入後のアセチルコリン放出は30分後にピークに達し、基礎量の約2倍に増加した。セボフルラン、イソフルラン、エンフルラン、ハロタン投与下では、アセチルコリン放出は基礎量の約21、16、5、7%に減少し、ホルマリン注入後は有意の変化を示さなかった。 本研究結果は、吸入麻酔中は疼痛刺激によっても、大脳皮質のアセチルコリン放出が増加しないことを示しており、吸入麻酔中に術中覚醒がまれであることの根拠となるものと考えられる。
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