蝸牛における周波数弁別機構を解明するために、蝸牛の基底回転および頂回転よりラセン神経節細胞とコルチ器のmRNAを抽出し、周波数特異的な回転別の蝸牛cDNA・cRNAを作成し、さらに最新の研究手技であるDMマイクロアレイ法を導入することで、基底回転、頂回転のラセン神経節細胞・コルチ器に特異的に発現する分子の同定を行った。 頂回転側で基底回転側より3倍以上の発現増加が見られたのは、解析を行った19801遺伝子中184遺伝子で、逆に、基底回転側で3倍以上の発現増加が見られたのは、19801遺伝子中181遺伝子であった。NAマイクロアレイ法により頂回転側と基底回転側で発現量に3倍以上の差が見られたイオン・蛋白輸送に関与する遺伝子中、real-time PCR法による遺伝子発現量の解析でも同程度の差が確認された遺伝子はSlc4a1、Gabt1、Ntsr2、Tac1等で、これらは蝸牛内での周波数弁別に密接に関与する分子であることが推察された。 さらに、周波数弁別機構の一つである蝸牛遠心系の神経伝達物質であるGABAとAchの受容体に絞ってマイクロアレイの結果を解析すると、Ach受容体は回転軸間において有意な差が見られなかったが、GABA受容体に関しては、頂回転と基底回転で発現に差が見られた。すなわち、サブユニットθ、δ、ρに関しては回転軸における差は認められなかったが、サブユニットβに関してはβ1とβ2が基底回転側で多く発現し、サブユニットγに関してはγ1とγ2が基底回転側で発現上昇し、γ3に関しては差がなかった。また、α6サブユニットに関しては頂回転に発現しておらず、基底回転のみに発現していた。有毛細胞に発現しているそれぞれ異なったサブユニットで構成されるGABA_A受容体により、物理的な振動により起こる有毛細胞の膜電位上昇に修飾がなされ、これが周波数弁別能の形成に重要な役割を果たしていることが示唆された。
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