空間認知は視覚、前庭覚、固有覚が中枢神経系内で統合、比較、認知、記憶を繰り返すことにより保たれ、生体が正確な運動を行うための極めて重要な脳機能の一つである。この空間認知が障害された場合、ヒトは「めまい」を訴える。末梢前庭障害により正確な頭部運動のシグナルが脳内に入力しなくなった場合にも、あるいは通常1Gで生活している生体が無重力や過重力などunfamiliarな環境に暴露された場合でも空間認知が障害され、めまいを引き起こす。すなわち、末梢前庭障害で起こるめまいにも重力変化で引き起こされる宇宙適応症候群にも空間識障害という点では共通の神経機序が存在すると考えられている。そこで本研究では実際に重力変化により空間識障害が誘発されるのかどうか、過重力負荷を与えたラットで放射状迷路テストを用いて検討した。 過重力負荷には回転装置を用いて2Gの強さで2週間の刺激を与えた。コントロール動物は回転装置のそばにおいて、装置から出る音刺激のみを与えた。放射状迷路テストは8本のアームのうち4本にえさを置き、単位時間あたりに獲得したえさの数、単位時間あたりに入ったアームの数、同じアームに入った数を測定し空間記憶学習の指標とした。 その結果、過重力負荷を受けた動物ではコントロール動物に比べ有意に同じアームに複数回入る数が多く、また単位時間あたりに入ったアームの数は多かった。しかし、最終的に単位時間あたりに獲得したえさの数は両者に差がなかった。このことは、過重力負荷動物では空間記憶学習が障害を受け一度入ったアーム(えさのない誤ったアーム)を選ぶ確率が高いが、運動量の増加により多くのアームに入った結果、最終的に獲得したえさの数には差がなかったと解釈できる。以上より、一定の重力環境が空間識の形成に重要であり、生体は過重力負荷により誘発された空間識の障害を運動量の増加およびそれに伴う固有覚や遠心コピーの増加で補っている可能性が示唆された。
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