空間認知は視覚、前庭覚、固有覚が中枢神経系内で統合、比較、認知、記憶を繰り返すことにより保たれ、生体が正確な運動を行うための極めて重要な脳機能の一つである。末梢前庭障害により正確な頭部運動のシグナルが脳内に入力しなくなった場合にも、あるいは通常1Gで生活している生体が無重力や過重力などunfamiliarな環境に暴露された場合でも空間認知が障害され、めまいを引き起こす。そこで本研究では実際に重力変化により空間識障害が誘発されるのかどうか、過重力負荷を与えたラットで放射状迷路テストを用いて検討した。また、重力の変化が生体防御系としてのストレス反応を引き起こすのか、血漿コルチコステロン値と血漿ACTH値を測定し検討した。 過重力負荷を受けた動物ではコントロール動物に比べ有意に同じアームに複数回入る数が多く、また単位時間あたりに入ったアームの数は多かった。しかし、最終的に単位時間あたりに獲得したえさの数は両者に差がなかった。このことは、過重力負荷動物では空間記憶学習が障害を受け一度入ったアーム(えさのない誤ったアーム)を選ぶ確率が高いが、運動量の増加により多くのアームに入った結果、最終的に獲得したえさの数には差がなかったと解釈できる。以上より、一定の重力環境が空間識の形成に重要であり、生体は過重力負荷により誘発された空間識の障害を運動量の増加およびそれに伴う固有覚や遠心コピーの増加で補っている可能性が示唆された。1時間の過重力負荷では血漿コルチコステロン値、血漿ACTH値とも直後に増加した。血漿コルチコステロンは負荷後1時間後も高値を示したが3時間後には負荷前の水準に戻った。以上より過重力負荷にて、視床下部-下垂体系(HPA axis)が賦活化されることが示唆された。軽いストレス下で血漿コルチコステロン値が上昇した状態では記憶力が上昇したり、非特異的な脳機能が活性化することが知られている。過重力負荷によるHPA axisの活性化は、空間認知の中枢である海馬において障害された空間認知機能を代償する働きがあるのではないかと推察している。
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