内耳蝸牛の有毛細胞前駆細胞のセルラインは、有毛細胞の発達段階に関与するシグナルの伝達、遺伝子の発現、細胞の分化等の研究に、非常に有用である。今回、胎生および生後の内耳蝸牛の有毛細胞前駆細胞のセルラインを確立するために、胎生12目の耳胞からの感覚上皮細胞と生後5日目のコルチ器の細胞を初代培養し、その後ヒトパピローマウイルスのタイプ16のE6/7遺伝子を培養細胞に導入した。導入後50代にわたり継代培養し、限界希釈法にてクローニングを行った。クローニングをしたセルラインは有毛細胞のマーカー、神経上皮細胞のマーカー、主要な転写因子の発現を検討した。その結果、それらのセルラインは、マーカーの発現性から異なった発達段階の有毛細胞前駆細胞と考えられた。 また、重要な転写因子であるInhibitor of differentiation(Id3)を蝸牛の組織、有毛細胞前駆細胞で発現しているのを確認した。Id3は胎生期の細胞周期加速と細胞の増殖に関与していると考えられている。今回Id3の発現および有毛細胞前駆細胞の増殖と発育における役割を検討するために、分子生物学的手法を用いた。 その結果、Id3は急速に発育する胎生12目の耳胞、生後1日目の蝸牛のコルチ器、螺旋神経節、血管条、に特異的に発現した。また内耳の耳胞から確立したセルライン(前出)においてアンチオリゴヌクレオチド法にてId3の遺伝子発現を阻止したところDNAの新生の減少、および細胞周期の速度の低下が見られた。これはid3が内耳有毛細胞に前駆細胞の増殖に関与していることを示唆するものである。
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