サリンなど有機リン剤系物質の生体への毒性発現機序は、コリンエステラーゼ阻害作用によって説明される。有機リン剤系物質の高濃度における神経系細胞への毒性については現在までのところ詳細は不明である。今回我々は、PC12細胞およびラット胎児からのアストロサイト、ミクログリアを用いて、サリン類似物質bis(isopropylmethyl)phosphonate(BIMP)のこれら培養細胞に対する影響を検討した。BIMPはPC12細胞について24時間後の生存細胞を濃度依存的に減少させた。また、ミクログリアに対しても同様の作用を呈した。BIMPはアストロサイトに対してWST-8還元能に関わる代謝・酸化還元系に影響を与えた。さらに150μM BIMPにより原形質性から線維性のアストロサイトへの形態変化が認められたが、この変化は100μM DFP(diisopropyl fluorophosphate)では誘導されなかった。 細胞死の原因となる化学物質は数多く存在し、それら細胞死に関連する細胞の反応を種々の因子が誘導する。本研究では組織リン酸化因子の一つであるbis(pinacolylmethyl)phosphate(BPMP)のラット星状細胞に対する影響を検討し、特徴的な所見が得られた。タンパク質合成阻害剤であるCycloheximideによる前処置にて、細胞の放射状化は阻害されたが、空胞化は阻害されなかった。ミトコンドリアに選択的な細胞染色により、空胞化は、細胞の中心において膨化と空胞化したミトコンドリアにおいて生じていた。興味深いことに、細胞外シグナル伝達キナーゼ(ERK)カスケード阻害薬は空胞化を阻害し、いくらか放射状化をも阻害した。これらの結果はERKシグナル伝達カスケードはミトコンドリアの空胞化にとって重要であることを示唆している。今回の検討は、細胞の形態学的な変化の意義と、さまざまな神経疾患の根底にあるメカニズムに関するあらたな展望を提供すると考えられた。
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