本研究は日本の伝統的な音素材や題材を用いた表象芸術について、その伝統的な表現および現代における表現を分析し、さらに、伝統的表現を生かした創作を試み、それらの作品の特徴と伝統的な相とのかかわりを考察することを目的とする。伝統的側面では仏教儀礼と能、現代的側面では主に研究代表者による作品を具体的な対象とし、今後の日本の音・音楽を軸とする多媒体芸術の創作の可能性を模索する。 1.伝統的な相 (1)仏教儀礼:仏教儀礼で最も重要である言葉は、旋律性と身体の動きを生み出す特質を本有的にもっており、それが仏教儀礼の芸能化の要因となり、さらにその特質や儀礼空間が他の芸術を包摂する傾向を生じていることを明らかにした。 (2)能:能楽堂という特殊用途の空間における、空間利用の特徴、空間と物語の進行との関係、および登場人物の関係に依存する声の表現について考察した。 2.現代的な相 (1)日本の伝統的音素材・音楽の現代化:響・形・動・光・香の総合的表現による薬師寺最勝会(音楽監督・作曲:猿谷紀郎、2003年初演)の創作過程および表現の特徴を分析・記述し、また研究代表者の作品を含む最近の新しい表現を概観した。 (2)作品の創作-猿谷紀郎作品に焦点を当てて:2003年から2005年に、日本の伝統的な音素材あるいは題材に基づき、笙とオーケストラのための協奏曲「玉の緒」、「行列之楽」「散華之楽」「行香之楽」「鼓音之楽」(薬師寺最勝会の音楽)、「琴座の碧霞」、NHKオーディオドラマ「怪し野」の音楽、蘭このみスペイン舞踊公演「桜幻想」の音楽、映画「蕨野行」の音楽、「Where is HE?夢まじらひ」、「三井の晩鐘」の各作品を初演ないし再演した。これらおよび「可惜夜舞」(1997)の作品の日本の伝統的相から振り返る。さらに、これらの成果を踏まえ、日本の音楽・芸術における伝統と現代をめぐり、ドナルド・キーン博士と対談した。
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