本研究はEUが環境法を強化する試みを事例に、国家を越えた環境規範形成過程に迫る。本年度は以下の点につき研究を進めた。1)EU憲法条約草案を射程に、EUの政体としての性格について先行研究を追い、EU環境法が展開する制度文脈を特定する。2)環境配慮原則、環境刑法の定立、市民団体の司法アクセス条件緩和の三論点を例に、EUが環境法を強化する試みを跡づける。3)制度の展開を法と政治の言説のせめぎ合いとして理解する方法として、構成主義に依拠した言説接近法を確立する。4)EUを政体として特徴づける言説として、国民主権の言説とポスト国民国家の言説を理念型的に提示する。5)二つの言説に即して2)の試みの展開を評価する。 以上の研究を通じて以下の知見を得た。1)EUは国際組織的な面と連邦国家的な面の二つを併せ持つ特異な政体であるとする見方が有力であり、EUの発展が連邦化の過程にあることを前提にEU環境法の展開を理解することはできない。2)国民主権の言説でEU環境法の展開を評価する場合、その潜在的な意義を理解できず、ポスト国民国家の言説が求められる。3)その言説は多元統治、法の多元主義、やわらかい法(soft law)の三概念を元に構成でき、次の視座を提示する。a)国家はもはや自己充足的な公共政策形成主体でありえず、b)加盟国法、EU法、国際条約の間の相互作用を通じて規範が生成する過程が注視されるべきで、c)公式の手続きを経ながらも拘束力の認められない法の存在が、その相互作用を媒介し新たな規範を生む重要な触媒機能を果たす。4)こうした言説からEU環境法強化の試みを探るとき、EUが環境配慮義務原則を中心概念とした環境規範コミュニケーションを確立してきた点や、EU環境刑法が欧州審議会の条約を元に、また市民団体の司法アクセス条件緩和がオーフス条約を元に、EU内のやわらかい法の蓄積を前提に実現されてきた点は、法と政治の言説の良好な相互作用の事例として把握できる。
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