本年度は前年英国で行った報告を論文として公刊するとともに、構成主義的言説接近法をさらに突き詰めて検討した。EUにおいて法・政治・科学の言説の相互作用は非階層的な制度群に文脈づけられ、多次元多層の広がりを見せる。こうした状況では、従属的言説が覇権的言説に抵抗する標的が定まらず、後者の覇権性がますます強化されゆく傾向を推定できる。このような知見を引き出すとともに、本年度は事例を生物多様性と気候変動に拡張し、科学知の確実性が高い争点(生物多様性)と低い争点(温暖化)を対比させ、構成主義的言説接近法の意義を検証していった。前者では、EU法による保護地域指定が大幅に遅れ、加盟国首脳の政治言説も活発化しない一方、指定の際の争いに対するEU司法の動きが見られた。後者では、科学言説の脆弱性や米の京都議定書拒否による不確実性にもかかわらず、EU立法は進み、加盟国首脳の政治言説も活発化していった。そこでは温暖化ガス排出割当で英国がEU司法に訴える動きすら見られるが、総じて法言説は背景に退き、気候変動言説の科学知としての弱さをものともしないような、政治言説の全面的な支持が目立つ。こうした対極的な展開に迫るにあたって、本研究は、ソフト・ローの媒介による諸言説相互作用を通じた共通意味世界の構築という仮説的構図に依拠していった。が、両争点がなぜ対極的になるのか、想定以上に深い理論的問題性も見出され、萌芽研究の成果としては満足すべきものの、英文モノグラフの完成を前に足踏みしてしまった。ただし科学言説の確実性と政治言説の影響には一意的特定の不能な複雑な関係が存在すること、生物多様性・気候変動両言説ともまずは非拘束的で抽象的な規範の定立を通じて誘発されること、そして両言説の要素となる科学・政治・法の言説の相互作用を制度的に文脈づけるEUの特異性に着目すべきこと、以上の知見が本年度さらに確固としたものになった。
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