ソフトなイオン化を特徴とするエレクトロスプレー質量分析計(ESI-MS)は、タンパク質と金属イオンあるいは低分子リガンドとの非共有結合による相互作用を解析できる装置として期待されている。しかし、ESI-MSによってタンパク質と金属イオンとの相互作用を厳密に解析できた例はきわめて少ない。本研究は、プロテインキナーゼC(PKC)の発がんプロモーター結合部位であるClドメイン(亜鉛フィンガー)に着目し、ESI-MSによってPKC Clドメインに対する亜鉛ならびに他の金属イオンの配位数を決定するとともに、配位によるClドメインの立体構造変化を解析することを目的とした。 PKCηは、発がんプロモーターの標的組織であるマウス背部皮膚に発現しているアイソザイムである。PKCηのClBドメインは、中性条件下における溶解性が高く、また発がんプロモーターであるホルボールエステル(PDBu)に対する結合能も極めて高い(解離定数0.45nM)。そこで約50残基からなるPKCηのClBペプチド(η-ClB)を高純度で化学合成し、ESI-MS解析に供した。η-ClBの多価イオンスペクトルは、2当量の塩化亜鉛処理によって低価数側にシフトし、亜鉛の配位による高次構造の変化が認められた。また4当量の塩化亜鉛を加えても多価イオンスペクトルは2当量のものと変わらなかったことから、η-ClBは特異的に2個の亜鉛を配位していることが明らかになった。また、亜鉛と同族のカドミウムを用いて同様の実験を行ったところ、カドミウムも亜鉛と同様に特異的に2原子配位していることが判明した。一方、塩化銅の処理では、銅の配位は認められず、また分子量が6マス減少したことなどから、酸化によって分子内S-S結合が生成していることが示唆された。これより、η-ClBの塩化銅処理によるPDBu結合能消失のメカニズムが明らかになった。
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