今年度は、「工学倫理を深く理解するための事例研究」と題して、主催する関西工学倫理研究会の中で、6回の公開講演会を行った。さらに、関西工学倫理研究会の例会と夏季集中討論会を計4回行った。こちらは、哲学系の人々を中心とした、事故をめぐる哲学的問題領域の講演であった。 6回にわたる公開講演では、化学企業のレスポンシブル・ケア、鉄道事故、もんじゅ行政裁判、機械系を中心とするライフサイクル・アセスメント、メンテナンスの社会学、社会的品質管理、船舶の安全性、土木・建築業界、工学倫理、リスク認知の社会心理学といった多様な内容が、現場を知る人々によって紹介された。 ここで理解が深まった点は、分野によって、事故を起こさない方策、事故が起こった場合の対処に関わる制度も考え方も非常に多様だということだ。例えば、建築系における失敗の典型例は、鉄道における失敗の典型例とは異なっている。 このように具体例を通して考えてみると、技術哲学とか、科学論として通俗的に取り上げられている論点とは違った問題こそが、現場で現在喫緊の課題となっているものであった。古い哲学でこれらの課題を切り分けるのではなく、具体的場面で多様な論点を取り出しつつ、それを概念的に成熟させることが必要になっている。 また、新しい遺伝子やインターネットに関するテクノロジーの場合には宗教的政治的意図が絡み合うために見えなくなっている問題が、古くからのテクノロジーを取り上げてそれに対処する社会制度を取り出す場合には、地に足のついた分析と研究ができるのが利点となっている。 今後、更に別の通常のテクノロジーの事例の収集を行いつつ、大きな概念的枠組みを作り出すことが、16年度の目的になる。
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