本年度は聖遺物の成立過程における、聖遺物器や仏像などの製作者である職能民たちにおける信仰の問題を中心に検討と調査を進めた。 まずヨーロッパにける聖遺物信仰の展開については、昨年までに引き続きハプスブルグ家関係の聖遺物ならびに、聖遺物収集の過程についてウィーン周辺で調査を行った。またあらたにミュンヘン、バイエルン州立博物館所蔵のリーメンシュナイダー(Riemenschneider 1460年頃〜1531年)ならびにその工房による作品の確認と、製作地における活動の様子や背景について検討を進めた。リーメンシュナイダーはドイツの宗教改革期における、ヨーロッパを代表する彫刻家であったが、合わせてヴュルツブルクの市会議員から市長を務め、さらに農民戦争にあっては農民側を支持したために敗れ、司教側に捕らえられ、監禁、拷問を受けるなど、テクノクラートとしての一面を持ちながら、社会思想や信仰の問題に精通していたという点では、わが国における定朝や快慶のような仏師の足跡と重ね合わせられる側面を持つ。 またわが国における関係する研究としては、鎌倉時代に活躍した仏師快慶(116頃〜1250?)の死後、その工房の消長について論じた論文「快慶以後」(法蔵館刊『仏像美術と歴史文化』)を発表した。古代的な荘園制度の解体後、中世的な世界が形成される中で、血統も身分も定かではない快慶が、東大寺や興福寺といった造像活動の場を失って以降、その工房の職能民たちとともにいかにその組織を維持していったかという問題を論じた。リーメンシュナイダーと快慶は、ともに新時代の造形と価値観の変節を表現した芸術家として、またその造形指向は個人の信仰世界を背景として形成されたものであることを改めて確認できたものと考える。聖遺物信仰の展開は今後、巡礼や勧進、鎮魂といった視点との関係をふまえながら、より具体的な調査を重ね、また新たな研究のステージを創造する契機としてみたい。
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