従来の感情研究は、「事象(e)」と「事象の直接経験者(x)」とのいわば二項関係の性質によって(xの)感情生起の有無および感情の種類が規定されるという側面に主たる関心を払ってきた。しかし、今回特に問題にしようとする感情は、「事象(e)」「事象の直接経験者(x)」、そしてその「事象には直接関係しない第三者(y)」という、いわば三項関係の中で生じるものである。すなわち、eがxに降りかかったことによって生じるyの感情経験に焦点を当てようとするのである。その意味で、こうした感情を仮にここでは(e-x-yからなる)「三項関係感情」と呼んでおくことにしたい。理論的に想定される代表的な「三項関係感情」としては、ポジティヴな事象が他者に生起した際の共感的喜びあるいは妬み、およびネガティヴな事象が他者に生じた際の共感的苦痛あるいはシャーデンフロイデ(schadenfreude:いい気味)を挙げることができる。最終年度に当たる今年度は特に、他者(x)にネガティヴな事象が生起した際の共感的苦痛とシャーデンフロイデ(いい気味)を分け得る要因およびそれらの細かな質や強度を規定し得る要因を探るべく、またこれら二つの感情と他者にポジティヴな事象が生じた際の共感的喜びと妬みとの間にいかなる関係があるのかを知るべく、大学生・大学院生46名を対象とする一対一の半構造化面接を行った。結果として、他者との立場関係、自他の幸福状態のバランス、さらには他者に起こった出来事が自己にとって持つ意味といった状況的要因の関与が明らかになった。しかし、特に妬みを経験しやすい他者にはシャーデンフロイデを、また共感的喜びを経験しやすい他者には共感的苦痛を経験しやすいといった、感情経験の対称性は認められなかった。
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