本研究では、生体用凍結保護物質が室温の液体状態から、過冷却液体を経てガラス状態に転移する過程の弾性的性質をブリルアン散乱法により調べた。細胞はゆっくり冷やすと細胞内に硬い氷の結晶ができ細胞は破壊されてしまう。このため、生体用凍結保護物質の研究には急速な温度降下が必要でありそのために、独自に開発した実時間ブリルアン散乱装置を用いた。この装置には高い安定性の光源が必要であるために主要設備として、ブリルアン散乱分光系のより高分解能にするために線幅が2メガヘルツの新型グリーンレーザーを導入した。 これらの測定系を用いて研究する物質としては、代表者のこれまでの低分子ガラス形成物質の研究から1価のアミノプロパノールを取り上げた。その理由は、以下のとおりである。1価のアルコール(エタノール、プロパノール)は低温にしたときの柔らかさは、既に凍結保護物質として知られる3価のアルコールであるグリセロールより優れているが、生体組織を悪い影響をもたらす。それに対して1価のアミノアルコールはやわらかさという点では1価のアルコールとほぼ同程度であるが、生体にははるかにやさしい。さらに、アルキル基、アミノ基、ヒドロキシル基の組み合わせにより数多くの異性体があり、結晶化のしやすさ、弾性的性質等で優れた性質の現れる分子構造を選ぶことが可能である。今年度は2-アミノ-1-プロパノールについてラセミ体とL-体についてその差異を調べた。その結果、鏡像異性体を半々に含むラセミ体では容易に液体からガラスへと転移するのに対し、並進対称性の現れやすいL-体では結晶化傾向が強いことがわかった。また、両者の弾性的性質については高温では熱運動によりほとんど差は無いが、低温では後者の方が固く分子間相互作用に明らかな差異が検出された。現在は測定系の高精度化への改良により会合した分子クラスターの寿命についての測定を準弾性散乱成分から決めることを試みている。
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