これまでに、野生型N-ras遺伝子が組織特異的にがん抑制遺伝子として振る舞うことを、モデルマウスおよびヒト甲状腺髄様がん症例の両方において遺伝学的に証明した。本年度は、このメカニズムを、N-ras複合ノックアウトマウスに生じた高悪性度のC細胞癌細胞株において野生型N-ras遺伝子を再構成した細胞の分子生物学的解析を行うことによって詳細に解明した。 N-ras欠損C細胞癌細胞株において生理的レベルで野生型N-rasを再構成したところ、p27タンパク質の安定化が観察された。この安定化は、野生型N-rasによるプロテアソームの機能の抑制のためであることがわかった。また、実際にモデルマウスに生じたN-ras欠損C細胞癌細胞ではp27のレベルが非常に低く、N-rasを欠損しないC細胞癌細胞ではp27のレベルが高いことが確認された。更に野生型N-rasによるプロテアソームの機能の抑制のメカニズムを調べたところ、生理的レベルの野生型N-rasはRhoAの活性化を抑制した。非生理的レベルに強発現した野生型N-rasは活性化型N-rasと同様にRhoAの活性化を促進した。このN-rasはRhoAとの関係はN-rasを比較的高レベルで発現する乳がん細胞MCF-7でも成り立っていることを確認した。 このようなN-ras-RhoAのクロストーク関係の下流をしらべたところ、従来知られたようにROCKを介して、アクチン重合を刺激することとP27の安定性を制御することがわかった。また、同シグナルはROCKを介さないメカニズムにより、RECKとよばれる膜アンカー型MMPインヒビターの転写制御を行うことがわかった、さらに、このメカニズムにはRhoAの重要な下流転写因子であるMALの核内移行制御が関与していることを明らかにした。
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