神経ウイルスの多くは、脳内に持続感染を起こし、遅発性に病原性を発揮する。本研究では、ウイルスのヴィルレンス因子が、シナプス形成に障害を与える分子機序を、ボルナ病ウイルス(BDV)感染をモデルに明らかにすることを目的としている。BDVが持続感染したグリア細胞をストレス条件下で培養することにより、BDVの細胞機能障害性を解析した。その結果、BDV感染細胞では、ストレス負荷のともなうHPS70の発現誘導に顕著な阻害が観察された。HPS70の誘導に低下が見られた細胞では、ストレスによる急激な円形化ならびに培養プレートからの剥離が認められた。さらに、F-アクチンの崩壊も明らかとなった。これらの結果は、BDV感染グリア細胞における細胞骨格と細胞間接着能の脆弱化を示唆するものであり、脳内ではシナプスの崩壊と関連していると考えられた。 また、持続感染グリア細胞では、ストレス刺激によるPKR発現の不応答も明らかになり、HSP70の誘導異常は、PKRシグナルの崩壊によるHSP70 mRNAの安定性の低下によるものと推察された。一方、BDV持続感染グリア細胞では、細胞骨格の形成に関与するcde42分子の発現低下も観察され、シナプスの形成に重要な働きを担う細胞骨格に維持や崩壊に傷害がある可能性が示された。今回観察されたグリア細胞の障害は、いずれも神経突起伸長促進因子HMGB1あるいはその受容体であるRAGEの機能との関連性も示唆されるものである。BDVのP蛋白質はHMGB1と直接結合することから、P蛋白質の発現が、これら宿主因子の機能を多岐にわたり阻害している可能性も考えられる。HMGB1とRAGEの相互作用は、シナプス形成に重要な細胞間の接着にも機能を担っていることが報告されており、BDV持続感染動物で見られるシナプスの崩壊は、これら分子の機能不全によるものと示唆された。
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