研究概要 |
ポリマー1分子のナノ運動を見る 高分子は非常に優れた性能を持つ有用な物質であり、我々人類が文明を維持・発展させる上で不可欠な材料である。ところが、高分子は一般にその構造が動的で柔軟であり多様で非常に複雑であるために、分子レベルでの構造と機能の相関関係を直接議論することが難しい。そこで、もしポリマー鎖1本の分子構造と機能を直接観測することが出来れば、推論や仮定を最小限に抑え、最も明確に分子構造と機能との関係を明らかにすることが可能になり、ひいては新しい設計思想と作動原理に基づく分子デバイスの創製に発展するものと考えた。今回我々は、光機能性を有するπ共役ポリロタキサン{(+)-Poly[AEPE-rotaxa-(α-CyD)]}、及びキラルらせんπ共役ポリマー[(-)-Poly(MtOCAPA)]の主鎖1本のダイナミックな構造変化と運動を、ナノメートル空間分解能、そして最高80ms/frameの時間分解能て数十フレーム連続して液中高速AFM撮影することに成功した。 剛直棒状ポリマー1分子のしなやかな運動 {(+)-Poly[AEPE-rotaxa-(α-CyD)]}を水溶液(30mM KCl,01mM NaN_3)に溶解して調製したポリマー水溶液(<10^<-5>M)を劈開直後の洗浄マイカ基板上にキャストして室温で高速AFMでイメージングした。カンチレバーは、バネ定数が150-280pN/nm、共振周波数が450-650kHz(水中)で、厚さ140nm、幅2μm、長さ10μmの小型ものを使用した。その結果、π共役ポリロタキサン主鎖1本が水中でマイカ基板上を動き回る様子が80ms/frameの時間分解能で観測された。このポリマー鎖のAFM像の断面から、高さはおよそ15nmと計測された。この値は、分子モテリングしたポリマー1本鎖の直径に一致することから、ポリマー1分子の高速AFMイメージングが達成されたと考察した。一般に、(+)-Poly[AEPE-rotaxa-(α-CyD)]のような構造体は「剛直棒状」高分子とされているが、ポリマー1分子レベルで「しなやか」であることが示された。さらに計側の結果、100nm/s程度の速度で移動するポリマー分子が多く、これはポリマー1分子の基板および探針との相互作用に加えて、室温における水中での熱エネルギーを利用したブラウン運動に基づく動的現象、すなわち「ナノ運動」と考察した。つまり、ポリマー1分子のランダム運動を直接捉えることに成功した。この「ナノ運動」の機構を理解することで、将来の熱エネルギーを駆動源とする分子モーター創製への展開が期待される。 キラルらせんポリマー1分子の主鎖切断 (-)-Poly(MtOCAPA)テトラヒドロフラン希薄溶液を基板上にスピンキャスト法により1分子レベルで分散させた後、水溶液をキャストして観測した(条件は上述に同じ)。この結果、キラルπ共役ポリマーの主鎖のらせんピッチが観測され、さらに高分子鎖1本か切断される様子が高速イメージングされた。ポリマー鎖のAFM像の断面から高さがおよそ3nmと計側された。この値は、分子モデリングしたポリマー1本鎖の直径にほぼ一致することから、ポリマー1分子の高速AFMイメージングか達成されたと考察した。この高分子鎖の切断は、探針の走査による力学エネルギーの注入に基づいた現象であると考察した。高速で走査されるAFM探針からの運動エネルギーを積極的に利用した、ポリマーの高速度分子操作の可能性が見出された。
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