本研究の目的は、分子マーカーを用いて日本の本州中部高山帯に生育する「高山植物」の分布変遷の歴史を明らかにすることである。今年度は、昨年度予備的な解析を行った種から23種を対象種として絞り、より詳細な解析を行うことを主眼に研究を進めた。夏季には各種の解析集団数を増やすために本州中部および東北、北海道の11山岳のDNA解析用のサンプリング調査を行った。葉緑体DNAのtrnT-trnFの遺伝子間領域、rpl16イントロン領域の塩基配列約2000bpの情報をもとに集団間の遺伝的変異を調査した。その結果、葉緑体DNAハプロタイプの分布は種によって様々なパターンが認識されたが、大きくみると6種類のパターンに区別することができた。例えば、ミネズオウやトウヤクリンドウ、イワスゲなどでは本州中部の集団と北方地域との遺伝的分化が見られ、さらに本州中部内においては日本海側と太平洋側の集団で地理的構造が認められた。またチングルマやミヤマダイコンソウでは、東北地方の飯豊山と本州中部の南アルプス・八ヶ岳の集団と同じハプロタイプもしくは共通の形質を有していた。一方、ミヤマキンバイやミヤマタネツケバナでは本州中部の集団と北方地域との間で明瞭な遺伝的分化が見られなかった。北方地域で見られるタイプが本州中部内の北アルプスでも観察された。またシナノキンバイやイワヒゲなどでは、北方地域で見られるタイプが本州中部の北アルプスと南アルプスのどちらでも観察された。以上のように、本州中部における葉緑体DNAハプロタイプの分布は種によってかなり異なっているものの、いくつかの共通パターンを認識することができた。分断生物地理学的な観点から、このような種を越えた共通パターンには何らかの外的な要因が関わっているものと推測される。具体的な要因については今後考察を進めたい。現在、さらなる解析として、本州中部山岳間の関係を推定するためにブルックス最節約法(BPA)および成分分析法(component analysis)などを試みており、その結果については3月の日本植物分類学会で発表する予定である。
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