本研究の目的は、分子マーカーを用いて日本の本州中部高山帯に生育する「高山植物」の分布変遷の歴史を明らかにすることである。今年度は本研究課題の最終年度ということで、過去3年間の研究をまとめて国際植物学会議(IBC)において発表を行った。その内容についてはTaxon誌に掲載予定である。また本研究で解析を行った23分類群の高山植物の葉緑体DNAの種内多型に関するデータは、Acta Phytotaxonomica et Geobotanica誌において短報としてまとめた。本研究において明らかになった最も興味深い結果は、ミネズオウやトウヤクリンドウ、ハクサンイチゲ、ミヤマタネツケバナ、エゾシオガマの5分類群において、本州中部山岳と北方地域の集団間において遺伝的分化が見られたことである。この結果は先行研究であるヨツバシオガマやエゾコザクラの解析結果と共通するパターンであり、このことは本州中部地域における高山植物のレフュージア仮説を強く支持するものである。上記以外の種では、種内多型がほとんど見られないか、多型は多くても異なるパターンであった。これらの結果が何を意味しているのかについては今後の研究課題である。一方、本州中部内における葉緑体DNAハプロタイプの分布パターンは、種によって様々であった。それらを類型化するにはまだ早計ではあるが、いくつかの興味深いパターンが観察された。一つは日本海側と太平洋側の山岳の間での遺伝的分化を示すもの、もう一つは南アルプス・八ヶ岳と飯豊山の集団の間に共通する形質を示すパターンである。本州中部山岳域は面積的には小さいながらも、その成立過程や地形発達史、気候環境において山岳ごとに大きく異なる。そうした要因を受けて多くの高山植物の分布拡大と縮小がくり返されたものと想定される。今後より多くの高山植物の解析データを蓄積していくことが望まれる。
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