本研究の目的は、言語進化を理解するための構成論的モデルを構築することである。本年度は次の三点について研究を進めた。 ・コミュニケーションの場で言語話者が主体的に意味を生成する活動として言語を捉える「動的言語観」の立場から、言語のダイナミクスをマルチエージェント・システムとしてモデル化する研究を推進した。具体的には、エージェントが、コミュニケーショシを通じて外界の事物をどのように内部化するかを調べた。外界の事物にはアプリオリな構造を設定していないにもかかわらず、エージェント達は会話を通じてそれらを構造化された言語知識として獲得することを示した。そして、異なるエージェント間で共通の構造を持つよう内部化されたものほど会話を通じて変化しにくく、共有されないものは変化しやすいことを明らかにした。 ・言語話者の人口変化を数学的に記述する言語ダイナミクス方程式をより現実的になるよう改良し、クレオール言語が出現するダイナミクスを研究した。クレオールの創発は、複数言語が話される状況において新しい言語が現れる現象で、言語の起源と進化を調べる鍵になるとして近年さかんに研究されている。本研究では、既存言語間にどの程度の類似性があればクレオール言語が創発するかの条件を導いた。 ・制度や規範などの社会的ルールが時間とともに変化するルールダイナミクスという現象をモデル化する枠組みとして、メタ進化ゲームダイナミクスを提唱した。本枠組みでは、プレイヤーの行動とルールの評価を関連させることにより、ゲームの利得行列がプレイヤーの行動の結果とともに変化するようにした。数値計算により、ナッシュ均衡とは異なる準安定状態間を遷移するようなルールの成立と変化が繰り返されることを明らかにした。言語は一種の社会的ルールとみなすことができるので、本枠組みは言語進化のモデル化にも用いることができる。
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