研究概要 |
一定方向(順応方向)に運動する1群のドットに順応した後,別の刺激(テスト刺激)を眺めると,順応方向とは反対の運動が知覚される.これは運動残効(MAE)と呼ばれ,運動視のメカニズムを探る上での重要な手がかりとなる.Mather(Perception,1980)は,順応方向が直交し,スピード(順応スピード)が等しい2群のドットに順応すると,順応方向の和の反対にMAEが生じることを報告した.これに対してSmagtら(Nature Neuroscience,1999)は,順応スピードを低速と高速とのペア(4と12deg/sec)にすると,各順応方向の反対への2方向MAEが生じることを発見した.さらに,順応スピードが共に高速(12と36deg/sec)あるいは共に低速(2と4deg/sec)である場合には1方向MAEが生じたことから,視覚系に高低2つのスピードチャネルが存在するという2チャネル仮説を提案した. この2チャネル仮説に基づくものとして本研究課題(運動知覚を伴わない運動成分による運動残効)を設定したが,課題遂行に伴ってこの仮説には誤りがあること,すなわち,3つ以上のスピードチャネルが存在する可能性があることがわかった.より具体的には,テスト刺激の性質をうまく設定すれば,どの順応スピードペア(5,10,15,20,30deg/secの任意の2つ)においても2方向MAEが生じうることを心理実験により確認した.まとめると,本年度の研究実績は,(1)2チャネル仮説への反例をとなる現象を発見したこと,(2)その現象と上記Smagtらの実験結果とを統一的に説明するマルチチャネル仮説を提案したことである. 運動視メカニズムの解明という目的に向かって着実に進むために,来年度はこのマルチチャネル仮説の検証をメインにして,実験の立案,構築,実施,および結果の解析と考察を進めていく予定である.
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