申請者らは、FGF-2添加により増殖中の培養下神経幹細胞にニューロトロフィンを作用させると神経伝達物質表現型が誘導されることを明らかにした。そこで、本研究では、この誘導のメカニズムを解明するために、まず神経細胞内で、ニューロトロフィンに反応してChAT遺伝子発現を制御することが知られている転写因子の発現を検討した。検討した既知遺伝子の内、ChAT発現を誘導促進するc-Mybの機能を制御する遺伝子の発現がNGF添加によってわずかに変化したが、同一の機能を持つ遺伝子の発現変化が逆方向であり、これをChAT遺伝子の発現上昇と結び付けて考えることは難しかった。 昨年、神経幹細胞は増殖回数を増すにつれて、コリン作動性神経細胞への分化率が低下することが示された。そこで、増殖回数を経た細胞と初期の細胞で、上述の因子の発現を比較したところ、増殖回数を経た細胞では、c-Mybの発現が著しく低下していた。このとき、ChAT発現を制御する他の遺伝子の発現変化は認められなかった。以上のことより、c-Mybが神経幹細胞においてもChAT遺伝子発現に重要な働きを持つ可能性を示唆している。しかし、NGF添加の有無による発現変化は認めないことから、NGFによるChAT発現の誘導はc-Mybの発現ではなく活性化促進を介する可能性もあり現在検討中である。 さらに、FGF-2、NGF同時添加増殖中にNGFのみを除くと除去しない場合に比べて著しい増殖の低下が認められ、ニューロトロフィンによる神経幹細胞での神経伝達物質表現型遺伝子の発現は単なる遺伝子発現の調節よるのではなく、質的に異なる細胞の増殖の結果である可能性を見いだしている。また、DNAアレイを用いて、ニューロトロフィン添加によって示差的に発現するいくつかの遺伝子を同定しており、現在、これらの遺伝子の機能について検討中である。
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