研究概要 |
感覚神経細胞である嗅細胞におけるシグナルトランスダクションに関わる一連の研究の中で、嗅細胞における情報伝達の場である繊毛(シリア)内での分子ダイナミクスに着目し、匂い応答中の嗅細胞シリア内でのセカンドメッセンジャーであるcAMP分子の動向について詳細な検討を行った。実際の匂い物質を適用した場合、嗅覚情報交換過程では、リセプタ蛋白質と匂い分子が結合する事より始まる。その後、G蛋白質・アデニル酸シクラーゼと順に活性化し、細胞内のATPがcAMPへと分解される。このcAMPがセカンドメッセンジャーとなり、サイクリックヌクレオチド感受性チャネル(CNGチャネル)を開口により電流発生へと繋がり、匂い分子の持つ化学的な情報が電気信号へと変換される。CNGチャネルを通って流入したCaイオンはCa依存性Clチャネルを開口させ、爆発的な電流増幅が起こり、活動電位発火へと繋がり、脳への信号が伝達していく。この嗅細胞の情報変換は直径0.2ミクロンのシリア内で数秒の時間経過で展開する。情報変換因子の時間経過を実時間で測定することは、これまでの常識では不可能であった。しかし今回我々は光活性化分子(ケージド化合物)を定量的に利用し、実際の匂い応答と組み合わせて、リアルタイム応答を確認した。ケージド化合物・パッチクランプ法とUV光量調節装置を組み合わせ、単離嗅細胞シリアより得られた電流を記録、解析した。本研究の結果、匂い刺激を行った際のアデニル酸シクラーゼの活性様式、cAMP産生メカニズムを検証し、感覚細胞であり、G蛋白をその情報伝達カスケード内に持つ視細胞とはそのメカニズムが大きく異なることが示唆された。視細胞の場合、たった1つの光子(photon)がcGMPを10,000-100,000分子加水分解するのに対して、嗅細胞の場合、最大の匂い刺激時に200,000分子のcAMPしか生成しないことが明らかとなった。視細胞との大きな違いは、視細胞がcGMPを加水分解しているのに対し、嗅細胞ではATPを分解し、cAMPを生成する点である。このことから嗅細胞はATP消費を仰えるシステムを獲得している可能性が示唆された。
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