研究概要 |
前年度に確立した、マカクザルを用いた脳損傷後の運動機能回復を調べるための実験系を用いて、以下の研究を行った。まず、成熟脳において恒常的な変化が起きている神経回路を調べるために、シナプスの形態変化に関わる分子の発現を調べた。特に今年度は、シナプス後細胞の形態変化に関わる分子であるneurograninの、ベースラインの発現を調べた。(Higo et al.,2004)。前年度に調べた、シナプス前細胞の変化に関わる分子の変化とあわせて考えると、成熟脳においては海馬のアンモン角から海馬台にいたる投射や、大脳新皮質連合野に起始するフィードバック結合などの限られた神経回路では恒常的な神経回路変化が起きている可能性が示唆された。 さらに脳損傷後の運動機能回復に伴う神経回路変化を明らかにするために、脳損傷後に精密把握の回復が見られた直後のマカクザルの脳においてシナプスの形態変化に関わる分子の発現を調べた(Murata et al.,2004)。今年度の実験では、細胞骨格アクチンフィラメントの重合を制御するシグナル伝達に関わり、神経終末の構造変化に伴って発現量が増加するタンパクであるGAP-43に着目した。精密把握の回復が見られた直後の脳において、運動関連領野を含む凍結切片を作成し、GAP-43 mRNAに対するin situハイブリダイゼーションを行った。染色の吸光度計測による定量的解析を行った結果、損傷半球の運動前野においては、非損傷半球または実験操作を加えていない個体の運動前野に比べてGAP-43 mRNAの発現の亢進が見られた。発現の亢進は運動前野の背側部よりも腹側部で顕著であった。また高倍の顕微鏡画像においてGAP-43 mRNA発現細胞の形態的特徴を検討したところ、比較的大型の錐体細胞において顕著な発現が見られた。さらに、第一次運動野の損傷領域周辺では、GAP-43の発現の低下が見られた。以上の結果から、運動前野に存在するニューロンの軸索終末で細胞骨格の再編成を伴う構造的変化が起き、これが第一次運動野損傷後の精密把握回復の構造的基盤となっている可能性が考えられる。
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