研究概要 |
眼球運動は視覚空間を脳の中に構築し,空間認識,運動発現に不可欠な働きをしている.本研究の目的は,(1)速度やそれに伴う位置予測などの空間認識の機能,および(2)空間認識過程における視覚空間と手動作空間の統合のメカニズムを明らかにすることである.本年度は主として(1)に関する調査を行った. 最初に,速度情報の短時間メモリの性質を把握するため,左右に正弦波振動する運動視標を用いてスムーズパシュート(動物体追跡時に生じる滑らかな眼球運動)における視標消去前後の速度変化を調べた.その結果,眼球速度は視標消去後も短時間(およそ100ms)の間増加し,視標追跡時と同じ速度軌跡を描くこと,その後眼球速度は急速に減少(時定数90ms)することがわかった.これらは速度情報の記憶に関わる神経機構の減衰特性を表していると示唆される. 次に,速度信号として何が記憶されるのかについて,網膜から得られる視標速度と眼球運動命令(efference copy)の2種類の可能性を検討した.固視目標と運動視標を用いて網膜から視標の速度情報は入力されるが眼球運動は生じないという状況をつくり,そのときの視標消去後の眼球速度を観察した.その結果,視標消去前に視標の速度情報しか与えられない場合にもスムーズな眼球速度成分が見られること,運動視標を追跡することにより視標速度と眼球運動命令の両方が与えられたときの眼球速度は視標速度情報のみの場合より大きいことがわかった.このことから,視標速度(視覚入力)および視標追跡時に用いられた眼球速度信号(運動出力)を保持する2種類の速度メモリが存在し,視標消去後の眼球運動命令の生成に寄与している可能性が示唆される.
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