本研究では、脳幹の縫線核にあるセロトニン神経はリズム性運動によって活性化される、という動物実験で得られたユニークな特徴をヒトを対象に検討する。リズム性運動の典型例として、ゆっくりとしたリズムの呼吸運動(呼吸法)を採用し(呼気時間が9〜12秒、吸気時間が6〜8秒、1分間に3〜4回)、開眼あるいは閉眼状態で20分行わせた。呼吸法を行っている間の被験者の覚醒レベルを調べるために、脳波を断続的に記録し、また、セロトニン神経の活性化について推測するために尿中セロトニンレベルを測定した。さらに、被験者の心理状態をSTAIと問診によって調べた。その結果、呼吸法を継続すると開眼と閉眼状態のいずれの状況においても、呼吸法開始約5分後から脳波のα2帯域(10-13Hz)のパワーが増大を開始し、呼吸法開始後約10分でピークを迎え、その後20分まで増大したパワーが維持された。一方、閉眼で行われた呼吸法の開始直後にはα1帯域(8-10Hz)のパワーが出現したが、呼吸法開始約5分後までに減少した。呼吸法の前後に測定された尿中セロトニンレベルは、呼吸法開始前と比べて呼吸法終了後に有意に増大した。また、問診の結果から、全ての被験者は不安の少ない覚醒状態にあることが明らかとなった。以上の結果は、α2帯域のパワーの上昇が不安の少ない覚醒状態と関係し、α2帯域のパワーの増大の背景には、脳の広範な領域に投射するセロトニン神経の活性化が関与する可能性を示唆している。
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