本年度は、特に心的外傷と自閉症についての精神病理学的研究を手がかりに、自己意識の現象学的分析を試みた。 心的外傷については『現象学年報』への論文掲載や、フッサール研究会での発表を行っている。特に外傷体験時の解離現象と、フラッシュバックと呼ばれる特異な想起について自己意識の変容という視点から研究を行った。なかでも身体における受動的な記憶と想像力および間身体性との関係について新たな知見を得た。自閉症については、名古屋大学医学部での研究会や、東洋大学の山口一郎先生と河本英夫先生のゼミナールで発表を行っている。これは母子関係(自我成立以前の情動的間身体性)のなかでの自己感の形成と、身体感覚の形成という視点からの分析である。哲学研究としては、レヴィナスの自己概念についての研究について学内研究会での発表および論文出版を行っている。 なお自閉症については、9月より、国立生育医療センターにおいて、宮尾益知先生(発達心理科)のご指導を受けながら、臨床および社会技能訓練や音楽療法の集団セッションにおいて自閉症児を観察する機会を得ている。この共同研究については来年度も継続して続けてゆく。 また10月に、マルク・リシール教授(ベルギー、ブリュッセル自由大学)、ラズロ・テンゲリ教授(ドイツ、ヴッパータール大学)というヨーロッパで活躍している現象学者を招聘し、東京大学、東洋大学、立命館大学で講演会を開催し、多数の現象学研究者・精神病理学者にご参加いただき討論を行った。日欧の現象学の交流にささやかながら貢献できたと思われる。
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