本年度は、まずパノラマと写真との関係について、その制作方法の観点から比較検討を行った。パノラマ画は従来の風景画というジャンルとは異なり、視点の選択や光景の切り取り方の点でむしろ写真に近しい視覚メディアであり、また時として写真機もその下絵製作には利用された。さらにいえば、メスタグのパノラマにみられるように、風景を円形のガラス板上になぞったものをカンバスに投影して下絵作成を効率化する工夫もあった。ここにはパノラマと写真、そして幻灯や初期映画との結びつきも見いだすことができるだろう。 そして、従来の伝統的な工房とは異なった分業体制をパノラマ画制作が必要とした点も、写真とパノラマとの交差点となることが明らかになった。つまり、パノラマでは下絵の転写において生じるいくつかの歪みを回避するために、すべてを見渡す監督者とその指示のもとでカンバスにはりついて描くのみの画家たちという作業方法を必要とする。こうして生じた目と手の分裂という問題は当時の視覚装置にも当てはまる事柄だったのではないかと推測される。 また、パノラマの流通方法が制作者と作品との関係に新たな事態をもたらしていた点も特筆すべき観点である。それは資本主義社会における著作権問題の先駆的な現象形態とも言うことができる。 パノラマとは直接的な関係はないが、時代的並行性から各地に開館された蝋人形館についても調査を行った。浅い奥行きの中で出来事のタブローを構成するこの見世物は、ステレオ写真やパノラマ的な知覚、そして初期映画との関係を考えるための素材となることが分かった。 以上が本年度の成果である。
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