今年度は、国内外の図書館・文学館・美術館において前衛文学・芸術と記録文学についての資料収集を行い、当時の関係者へのインタビューも行う一方、安部公房を中心とする前衛文学や戦後の芸術運動についての考察を行った。 まず「安部公房の戦後-真善美社から(世紀の会)へ-」においては、安部公房のデビュー作『終わりし道の標べに』を出版した真善美社について、前身に当たる我観社からの流れを検証した。戦時中から編集スタッフであった花田清輝は、中野正剛の息子兄弟によるこの会社をスポンサーとして利用しながら、安部公房ら戦後新人の売れない小説を刊行していったため、真善美社は三年足らずでつぶれたが、安部らの<世紀の会>はそこから巣立っていった。 「S・カルマ氏の剽窃-「壁」のインターテクスチュアリティー」においては、安部公房の「壁」につきまとう奇妙な既視感について考察した。それはまずカフカ『審判』からの影響として見出されるが、他にもキャロル、シャミッソー、ドストエフスキー、ゴーゴリ、アンデルセンなどとの関係が指摘されている。安部はこれらのテクストから隠喩を位致して、コラージュのように新たな表情を生み出している。その引用は文学テクストにとどまらず、マルクスの『資本論』の隠喩も字義通りに持ち込み、本来の意味を脱臼させる形で新たな世界を構築しているのである。 「<世紀の会>と安部公房を語る-桂川寛氏インタビュー-」は、<紀の会>に参加し、安部公房らと共に『世紀群』を共同制作、『壁』の挿絵などにも関わった画家の桂川寛氏のインタビューを活字化したものである。安部公房、共産党、リアリズム、挿絵、<世紀の会>周辺の人々と『世紀群』、山村工作隊、岡本太郎、ルポルタージュ絵画、共同制作といったテーマについて、当事者だけが知る貴重な事実を数多く明らかにすることができた。
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