前年度に引き続き、国内外の図書館・文学館・美術館において前衛文学・芸術と記録文学についての資料収集を行い、当時の関係者へのインタビューも行う一方、安部公房を中心とする前衛文学や戦後の政治・芸術運動に関する事実の整理を行った。 「実践としての寓話-安部公房とイソップ-」は、安部公房が政治的前衛として直接性を希求するあまり、文学的に低迷したと言われる時期の寓意文学を扱った。イソップ寓話の改作にオリジナルを混ぜて発表された安部の寓話には、言論による実践の一形態として、直接的に労働者・人民に訴える力としての期待がこめられていた。こうした作風は重層的な意味を持った前衛文学やストレートな記録文学に対して軽視されがちであるが、当時の状況下でのターゲットと効果を踏まえれば、新たな鉱脈として見えてくるのである。 「サークル誌ネットワークの可能性-『人民文学』と『新日本文学』から見る戦後ガリ版文化-」は、前年度の成果「『人民文学』総目次」をフルに活用することで実現した最初の成果である。1950年代に流行したガリ版サークル誌についての研究であるが、これらの雑誌の現物の多くは失われてしまっている。そのため、個々の雑誌の情報を集めた二雑誌、『新日本文学』と『人民文学』に注目し、その批評言説や転載テクストによってサークル誌が置かれていた状況とその可能性を探る試みである。二誌を通して見えてくるのは、よく言われる東京一極集中型の大量出版・大量消費時代の文学ではなく、匿名性や共同性を帯びた小規模出版のネットワークによって形づくられた共同的な文学の場であった。これは今日のデジタル・ネットワーク時代に再考される価値を十分に持つものである。 三年間の研究を通じ、戦後期の前衛文学・芸術と記録文学が、相互に複雑に絡みあって形成されていく様が見えてきた。今後も同時代の政治状況との関連を重視しながら研究を進めていきたい。
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